江戸しぐさの周辺(一般の方向け:特別公開ページ)

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東日本巨大地震をめぐって

11.4.7
NPO法人江戸しぐさ副理事長・桐山 勝

3月11日の東日本大震災から4週間。実際に震災に遭遇した方、身内や知り合いに被災者がいる方、それぞれ、いろいろな感慨をお持ちだろう。原発事故がどうなるかなど、懸念材料も山積みだ。出張先で震災にあい、まだ、よく眠れない夜もあるが、気持ちに一区切り付けるために、この間の出来事をまとめてみた。

テレビCMと高校生

震災のニュースを追ってテレビのチャンネルを変えたら、興味深いCMにぶつかった。ACジャパン(公共広告機構)制作のもので、「こころは見えないが こころづかいは見える…」と続く。江戸しぐさが大切にしている心や思いを、なかなかいい映像でつづっている。不安と不信が渦巻く状況だけに胸に響いた。
そのCM の内容はこうである――
画面は電車の中。高校生が二人で何やら愉快そうに喋っている。その前をお腹が大きい妊娠中の女性が通り過ぎた。すると、若い女性がすっと立ち上がって席を譲った。その気配に気づいたものの高校生は一歩遅かった。 
でも挽回のチャンスがやってきた。神社の石段を登っていくおばあちゃんがいる。カバンを背負い直し、今度は介添え役を買って出る高校生。手を携えて石段を登っていく後ろ姿がいい。なかなか頼もしい……
画面に重なるように字幕とナレーションが続く。

「こころ」はだれにも見えないけれど、「こころづかい」は見える。
「思い」は見えないけれど、「思いやり」はだれにでも見える。
その気持ちをカタチに。
        ――宮沢章司「行為の意味」

まほうのことば

ついでに言えば、同じACジャパン制作で、こんなCMもある。犬やウサギが登場するアニメで「まほうのことば」編。
「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」といった「あいさつ」、あるいは感謝の気持ちをあらわす「ありがとう」は、友達ができる魔法の言葉というのがこのCMのコンセプト。
やはり江戸しぐさの大切な基本を「あいさつワン」の犬や「ありがとウサギ」のウサギに託して表現している。
似たようなバージョンで「おはようウナギ」、「いただきマウス」というのもある。
いずれも、人付き合いをしていくうえで大切なこと。「こんな魔法の言葉を身につけていたら、あなたの周りの人たちは、きっとあなたのことを大切に思ってくれるよ」。対象を子どもたちに絞って、わかりやすく、楽しく、説いているところがいい。
魔法の言葉は9.11の直後イスラエルに旅した青年が、現地で、女性のお年寄りに親切にしてもらった体験をもとに広がった「ありがとう」のことで、お互いに、みんなが心を開くところから「魔法の言葉」とされた逸話に基づいている。

素晴らしいメッセージ

紹介したこれらのCMに共通しているのは江戸しぐさ。相手の心の動きを「目つき」「表情」「もののいい方」「「身のこなし」で察知し、適切な対応をする。あくまでも相手と互角の関係であることを前提にしながら人の上に立つ者ほど、ゆとりを持って柔軟に対処するところがポイントである。
言ってみれば、西欧社会にあるノブリス・オブリージュと同じで、人の上に立つ者の心得である。江戸時代、豪商たちが武士との対応の中で磨き上げ、後継者たちに口伝で伝えてきた。
そんな江戸しぐさを取り上げているACジャパンはNPO法人江戸しぐさにとっては恩人である。「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」など、江戸しぐさの三大パフォーマンスを、ポスターやテレビCMなどを通じて社会に広めてくれた。
通常、CMといえば企業ブランドや商品、サービスを売り込むためのものと思われがちである。しかし、社会に良い影響を与えるメッセージを届けることも大切という考え方からスポンサー企業と広告代理店、そしてメディアが協力し合う事務局役を務めている。
今回の東日本大震災は4月7日現在で、死者・行方不明者が2万7000人を超え、避難している人びとはまだ16万人いる。
こんな時だからこそ意図的に流しているCMなのか、それとも、企業がらみのCMは流しにくいから穴埋め代わりに使っているのか。どうやら全CMのうち4分の3が穴埋め代わりにACジャパンが流しているという。一部には流しすぎという声もある。しかし、地震、津波、原子力発電所事故という痛ましい事件に皆が耐えているときに、なんとタイミングを得た素晴らしいメッセージかと思う。

福島・勿来で被災

東日本大震災が起きた当日、筆者は福島・勿来の地方食品スーパー、マルトの役員室で創業期の幹部たちに取材中だった。スーパーマーケット33店、ドラッグストア28店、調剤14店、衣料8店、ディスカウント酒6店の陣容で年間売上高780億円、来年、創業50周年を迎える企業だ。典型的な地方スーパーの一つである。
たまたま、日本経済新聞に勤め、若いころ政治担当から流通担当に変わった事をきっかけに流通問題に深入りした。この企業の歩みを追うことでダイエーやイトーヨーカドーとは違った視点から日本の流通業界史が書けるのではないか、と考えたのが、取材の動機だ。3度目の訪問になる。
ともあれ、その瞬間は、あれよ、あれよという感じだった。どどーんという地底から突き上げるような音とともに揺れが5分近く続く。壁はペコペコ揺れ、絵画の類は下の支えが取れて、いつ頭上に落ちてくるかわからない。
これは大変だ。取材は中止しよう。現役の幹部は次の対応策を講じるために部屋を離れた。残ったものは、高齢でもあり、テーブルの下に潜った。こちらは、なぜか、冷静で、事態を見届けようと半分、身体をテーブルの下に置きながら、周りを見渡していた。
隣りの商談室ではガラスが割れ、壁越しの事務室では神棚から飾り物がガラガラ落ちた。が、不思議と、役員室では壊れものはなかった。

翌日、9時間かけて帰京

店長2人の自宅が津波で流された。幹部の奥さんと娘さんが行方不明、もっとも稼ぎのいいショッピングセンターの2階部分の一部が崩壊し床が落ちた、食品加工場が液状化現象で損壊――といった悲しい知らせが届く中のことである。
部外者が下手に動けば邪魔になる。脚が少し不自由な会長と一緒に、役員室に残ってテレビを見たり、駐車場の車の中で過ごしたりした。50メートル先を流れている川の水面が道路まであと1メートルまで増水してきたときは、さすがに戦慄が走った。
夜は、比較的破損度が少なかった会長宅にお世話になった。断水でトイレが不便だったり、風呂に入れなかったが、命をなくしたり、家をおしつぶされた人のことを思えば、どうということはない。
もっとも会長夫人と社長夫人は、近所の小学校に避難している人たちのために炊き出しに忙しく、休む暇もない。4合の米を2回炊き、都合8合分をおにぎりにして運んだ。
翌朝は飲料水を洗面器に1センチほどためて、顔を洗った。禅僧さながらだ。朝ごはんはおにぎりとインスタントスープをごちそうになった。
東京に戻ったのは翌日午後9時。ちょうど9時間かかった。それでも運が良かった。前夜、東京に出張していた社長を取引先が車を仕立ててくれ、本部にたどり着いたのは午前10時。11時間かかったという。その帰り車に便乗した。
途中は道に亀裂が走り、信号は停電で止まり、ブロック塀は倒れ、瓦は飛び、家はおしつぶされ……見るに堪えない光景が延々と続いた。
マルトがいつ復活するか、気にかかっていたが28日夜のニュースに専務が登場、「地域のライフラインをしっかり守っています」と頼もしいコメントを出していた。

東京に戻って

休み明けの3月14日、月曜日、東新橋の事務所に行った。東側の窓ガラスに大きな亀裂が入っていた。本を入れてあるロッカーの扉を開けたとたん、本がこぼれおちてきた。
家内が下落合の自宅で犬を抱いて右往左往したというのもうなずける。我が家の場合、2年前に職人さんに家具を固定してもらったから、壊れものがなくて済んだ。しかし、その前の晩、人間国宝の井上萬二さんの白磁の壷をいつもの飾棚から家内が「何となく床におろして」いなければ、どうなっていたか。
気を取り直してあちこちにメールを入れたり、電話を掛けたりした。知り合いの皆さんもご苦労なさっていた。
「高層ビルがギシギシ泣くのを初めて目撃した」「役員室から床を這って廊下に出た」「地下鉄に乗っていて急停車、横揺れを感じた時は生きた心地がしなかった」。こんな感想も寄せられた。
帰宅難民になった方も多かった。「ヒューマンハ―バ―」を主宰する人間接着剤、青木匡光さんは地震が起きた時、たまたま外へ出ていた。しかし、本棚から本が飛び出したり、割れものがあったり、片付けに一苦労。そのあと、町田の家に向かったが、なんと14時間かかった。
NPO法人江戸しぐさの大岩事務局長は恵比寿から練馬の自宅に帰る手段がなく、友人のいる祐天寺まで40分歩いて泊めてもらったという。もっとも、ご主人の勤務の関係で仙台に住んでいる娘さんと連絡が取れず、眠れぬ夜を過ごした。
筆者にしても、仙台、福島関係の方たちの消息がわかったのは23日になってからのことだった。
仙台で江戸しぐさの普及に努めている大塚真実さんからは「停電が復旧、携帯を充電したら記録が残っていた」と連絡が入った。生化学者でマイナス水素イオンの研究者、及川胤昭博士は山形に避難していた。その秘書の渡辺弘恵さんも間接的に無事を確認した。
福島・いわきの生協の名物リーダー、大川幸子さんと電話がつながったときは「生きてた…」と思わず、絶句した。
茨城関係でも3人いる。警備会社や通信事業を営んでいる辻忠志さんは、自分の無事を確保した後、救援作業に忙しいし、西暦1200年ごろから酒蔵を営んできた須藤本家の当主、須藤源右衛門さんは丹精した日本酒の温度管理のため、電力確保に飛び回った。モダンな作風で人気のある陶芸家、森田栄一さんは常磐道を走っていた。ハンドルを取られ、怖かったという。そして笠間の自宅に戻ったら窯は壊れ、作品は9割が壊れていた。

気仙沼で

気仙沼でも悲しい思いをした。テレビで知ったが、タレントの生島ヒロシさんは気仙沼在住の妹さんを津波で亡くしたという。中目黒の駅前で募金活動をしている姿に続いて、アナウンサーの解説がついた。日経CNBCの開局以来経済番組の司会をお願いし、付き合いも深い。心からお悔やみ申し上げる。
そうかと思うと、異業種交流会「バブ倶楽部」を主宰している近藤昌平さんからはこんなFAXが届いた。
――家内のことでお願いがあります。通信販売会社「銀座トマト」の社長を務めていることはご存知の通りですが、その親戚が今回の震災で20人以上の生存が不明になりました。ここ数日間、「私は一人ぼっちになった」と言い続けていたのですが、ようやく元気になってきました。主要商品の「ふかひれコラーゲン」の材料であるフカヒレは生まれ故郷である気仙沼から仕入れていました。そこで、コラーゲンをたくさん売って、気仙沼復興に役立ちたいというのです……」
気仙沼については東京・目黒の「目黒のサンマ」イベントで、数年前、焼き方を務めたことがある。何人か知り合いができて、メールを出したが、返事はいまだ来ていない。

近藤夫人のためにご協力いただける方は下記、「銀座トマト」までご連絡ください。
「ふかひれコラーゲン」(5本入り2500円)を2000円でお分けするそうです。
FAXのほうが事務処理が簡単なので、名前、住所、電話番号、注文セット数を書いて申し込んでください。

TEL03-3572-5555、FAX03―3575-8888

阪神・淡路大震災

震災といえば、どうしても思い出すことがある。1995年1月17日の阪神・淡路大震災。地震が起きた朝、東京・大手町で予定していたITS(高度交通情報システム)プロジェクトのシンポジウムに備え、早起きしていた。
テレビをみていると、突如、目の前で神戸市街に火が広がっていく。シンポジウムそのものは実施できたが、主役の一人、橋本鋼太郎建設省道路局長は対応策に追われ、欠席せざるを得なかった。
震災から4日後、シンポジウムのアドバイザー役をしてもらったイメージ工学研究所の清水紀幸代表と大阪に向かった。シンポジウムを支えていただいた方々への報告と被災見舞いを兼ねた。
役所の机の間に寝袋で寝泊まりしていた若い官僚が、涙ながらに高速道路の破壊状況を伝えてくれたシーンはいまだに忘れられない。神戸新聞に呼び掛け、日本経済新聞と共同で、震災からの復興計画『夢シテイ21』プロジェクトの立ち上げを決意したのは、東京への帰りの新幹線の中だった。
その後、何回も神戸に通ったが、粉塵の中を歩き回ったせいか、時折、喘息の発作に襲われた。ようやく、発作が治まったのは年が明けてからだった。
その時、神戸新聞で相方をつとめてくれた島崎正聰さんの奥様からは、以来、3月の声を聴くとイカナゴのくぎ煮が届く。しかし、今年は、つらい話が重なってしまった。

都立荻窪高校の江戸しぐさ講座

18日は、落語家の三遊亭竜楽師匠に東京都立荻窪高校での口演をお願いしていた。1年生約200人を対象に、この1年間、2カ月に1回、通った江戸しぐさのしめくくり授業だ。
東日本大震災を受けて,校内では「落語を聞いて笑っている場合ではない」という議論もあったそうだが、担当責任者の本多浩一副校長の決断で押し切った。
本多副校長から相談を受けたのは4年前。朝、昼、晩と三部制をとっているので、授業を引き受けるとなると、同じ話を3回とりあげる、しかもまるまる一日拘束されてしまうことになる。ちょっと引き受けにくい。
しかし、伺ってみると、都内で高校進学のセイフティーネット役を果たしている4校のひとつで、成績にはこだわらず、学校に通うことで少しでも非行に走る機会を減らすミッションがあるという。
結局、熱意にほだされて、総合学習の時間を活用、始めた。最初の2年間は試行錯誤の連続だった。教員の足並みがそろわない。思ったより生徒が精神的に荒れていて、カリキュラムに工夫がいる。2カ月に1回や2回の授業で変化は期待できない。では、どうするか……結局、1年生を対象に、「知識よりも気付きに力を入れる」ことにした。実際に身体を動かすカリキュラムにし、身体で覚えてもらうといってもいい。

「柳田格之進」

そんな苦労の末、迎えた締めくくり授業だった。二つ目の三遊亭好之助師匠と三味線の鶴田弥生師匠、竜楽師匠の三人で、太鼓と三味線による出囃子教室も入れた本格的なもの。
竜楽師匠が取り上げた演目は「柳田格之進」。碁敵である大商人と浪人が売掛金の紛失をめぐって起こる騒動を通じて、武士、商人という立場を越えて自分の生き方や信条を貫く大切さを思い知らせてくれる噺だ。
ひとしきり演じた後、一呼吸おいて師匠曰く「落語は笑うだけの芸能ではありません。皆さんは折角江戸しぐさを学んできた。今回の地震のようなたいへんなことが起きた時こそ、互いに互角で、思いやる関係だということを実感していただきたかった」。
竜楽師匠には、これで3年連続、締めくくり口演をしていただいた。震災で高座がキャンセル続きという話もうかがっていたが、さすがに演目の選定、そして締めくくり方を心得ている。
なかなか、他人の話をじっくり聴けない生徒たちだが、一瞬シーンとした後、万雷の拍手が起きた。イベントは、彼らの心に確実に何かを残したはずだ。

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