第9回 わたしの「平成しぐさ・ふるさとしぐさ」コンクール

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優秀賞 作品紹介

第一部門(作文)

小学生の部
『思いやりがあるから』 根岸 あおば(東京)中央区立久松小学校4年
わたしの小学校には、「久松しぐさ」いうすてきなしぐさがあり、いつも「久松しぐさの木」という木に、自分たちが見つけたしぐさをふせんに書いて、はり、木をいっぱいのしぐさであふれさせるシーズンがあり、今、まさにその時期です。
わたしは、久松しぐさもすきですが、「江戸しぐさ」もすきで、雨の日の人がたくさんいる中でよく「かさかしげしぐさ」をします。そしてよくやるしぐさは、「お先にどうぞしぐさ」です。わたしは、信号がない横だん歩道を通る時に車に「どうぞ」としますが車は進まず、「どうぞ」としてくれるので、わたしは急いで通りおじぎをします。すると毎回「おじぎとは、とても心が温かくなる物だな。」と思います。
わたしは、この中のどれも、思いやりがあるからこそ、出来るのだと思います。
『世界共通 思いやりしぐさ』 舘野 友佑(東京)中央区立久松小学校4年
ぼくは、この世界で大切なのは思いやりだと思います。理由は三つあります。
一つ目は思いやりがなければあいさつもできないからです。どんなにたくさんあいさつをしても思いやりがこもっていなければ、一回で思いやりのこもったあいさつをしていた方が良いと思います。
二つ目は思いやりがあると明るく楽しくすごせるからです。ぼくは友だちや家族とけんかをしてしまったのが何度もあります。でも思いやりがあるとすぐに仲直りができます。思いやりがあるからこそ明るく楽しくすごせるのではないでしょうか。
三つ目は思いやりは世界共通ということです。どんな国でも、思いやりがなく仲間をきずつけることはぜったいにゆるされません。
このような理由でぼくは思いやりということをよく考えて一日一日を大切にこれからも生活していきたいと思います。
『感しゃの気持ちをもって元気にあいさつ』 後藤 優妃奈(東京)中央区立久松小学校4年
これは、私が、すべってころんでしまったときに、まわりの人が、大丈夫といってくれました。そのときに私はあることに気づきました。心配そうに言ってくれて、私は、心と感しゃの気持ちをこめれば、相手にかならずつたわるということに気づいたのです。そして、その次の日からさっそくためしてみました。学校で友達と会ったらすぐにおはようと元気に言うと、相手も元気におはようとかえしてくれました。そのほかにも、ありがとうやさようならなどいうと、相手はすぐにかえしてくれます。
私は、このことから、あいさつは、人をハッピーにするものだと分かりました。人がこまっているときには、どうしたのといったりするとそのあいさつだけで友達になることもありました。また、マンションの人などにえがおであいさつをするとえがおでかえってきました。なのでこれからもあいさつを大切にし、人にあったらまずあいさつ。私は、あいさつで一日が始まると思っています。
『世界共通のもの』 ジェンキンズ 亜主(東京)中央区立久松小学校4年
ぼくは、あいさつが世界共通のものだと思います。心をこめてあいさつをするとちがう国の言葉を話す人でも言おうとしていることが通じるからです。これを初めて知ったのはぼくが前の、英語を話す学校にいて日本語を話せなかったのであまりクラスになじめなくこまった時でした。でも入ってきた次の日にはじゅぎょうもわからなく、そのまま中休みになってしまいました。みんなと遊びたかったのですが日本語が話せなく「いっしょに遊ぼうよ」といいたかったのに言えませでした。でもクラスの友だちが「おはよう、亜主くんいっしょに遊ぼう」と声をかけてくれました。心のこもったあいさつをきいたら暗かった気持ちが晴ればれしてとてもいい気持ちになれて思わずうなずきました。そして言葉がわからなく、暗い気持ちだった時やっとがんばっておぼえた「こんにちは」と友達になってほしいという気持ちをこめて言ったら「こんにちは、友達になる」ときかれてうれしかったです。その時からあいさつは世界共通で気持ちが伝わるものだと思いました。
『あいさつの本当の意味~あいさつでできること』 三浦 虎徹(東京)中央区立久松小学校4年
みなさんは、あいさつをどんな気持ちでしていますか。今から、あいさつの本当の意味を紐解いていきましょう。
ある日の朝、ぼくの家の近くのお米やさんにいつもあいさつをしているのですが、その日はあいさつを返してくれませんでした。ぼくは、せっかくあいせつをしたのに返してくれなくて、少しがっかりしていました。そのまま、学校に行ったら、学校のあいさつ当番の人があいさつをしていました。ぼくは、少しざんねんだったので、あいさつを返すことが出来ませんでした。次の日からぼくはあいさつ当番の人より、早くあいさつをするようにしました。そうして毎日みていると、あいさつ当番の人は、あいさつを返してくれなくても、笑顔であいさつをしていました。ぼくは、あいさつは返事をもらうためではないと気づきました。
つまり、あいさつは、人同士をつなげ、笑顔にしてくれると思いました。
社会人の部
『旧き球児達のメモリー』 志鎌 登(東京・85)
つい最近、我等旧制中学校時代の野球部OB会が解散した。戦後間もなく野球が復活し、我が母校も逸速く同好者を募り野球部を創立した。当時は、何も彼も物資不足で、食糧は素より野球用具など全く侭ならぬ時代だった。公立校故に部費も少なく、綻びたボールは部員が手縫いしたり、又皮が毀損したボールは運動具店で馬皮で張り替え、再生して貰った。
然し、その出来は原形とは全く違ったものだった。更に、亀裂したバットは、釘とテープで補修して使うなど、新品との交換は容易ではなかった。この種の語り草は尽きないが、是様な深刻な状況下でも、部員達は、唯野球が出来る事の幸せと、愉しみを共感し黙々と練習に励んだ。あの過酷な時代を、共に歩んできた先輩や同輩らが、平成5年にOB会を設立し、爾来26回の会合を重ねて参り、諸方への旅行の中で、大いに旧交を温め、老春を謳歌して来ました。然し、近時寄る年波には勝てず、鬼籍に入ったり、体調不良等で老生らの参加が激減し、止むを得ず解散の憂き目を見ることとなった。想えば、あの時代を経て来た我等旧き球児達にとって、OB会は掛け替えのない特別な触れ合いの場であり、母校野球部創生期の先駆者としての誇りと実績を堅持しつつ、先輩後輩の上下関係を超え、精誼に篤かった丈に、解散は愛惜の情が深いものがある。OB会の存在歴は一代限りだったが、来世で再結成し、あの仲間らと愉しく団欒できることを希い、且つ叶うことを信じて止まない。
『雪国の冬の朝』 佐藤 一志(福島・65)
雪国はあと数か月で一面が雪の原になる。
最近はどの町でも除雪の対策がしっかりとられていて、昔ほど混乱することが無くなってきている。しかし、年に数回は除雪が間に合わず、車での通勤や学校への登校に支障をきたすことがある。
車は深雪に突っ込むと身動きが取れない。自力では脱出できない。そのとき、通りがかりの車の運転手や近所の人たちがすぐに道路に出てきて、車を走れるようにしてしまう。
除雪をしない裏の路地は、雪の道路に一筋の道ができる。誰かが歩いた後、また誰かが歩く。そして、一本道ができる。このため、すれ違うときは結構大変で、失敗すると深雪の中に入り込んでしまう。このようなときは子どもや年寄りが優先となる。若者や大人が道を譲る。昔から、誰からも教わったこともないが、みんなやっている。冬の雪道は「お互い様」なのである。

第一部門(五七五)

社会人の部
『ようこそ!と同じ意味だよ 「よぐ来たなぁ~」』 槻舘 かおる(岩手・49)
『思いやり 心が育つ 栄養素』 鈴木 竹仁(愛知・58)
思いやりの心は「情けは人のためならず」自分自身が成長するための大切な心の栄養になる。

第二部門(イラスト)

小学生の部
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    『ありがとうございます』 
    原野 真(東京)
    大田区立南蒲田小学校5年

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    『声かけしぐさ』
    松村 唯(千葉)
    八千代市立大和田西小学校6年

    困っている人がいたら、「大丈夫ですか。」「どうされましたか。」と声をかける。これは私が考えた「声かけしぐさ」です。少し勇気を出せば、だれでもできます。私も、できる限り声をかけたいと思っています。知らない人でも、年下の子でも、クラスの人でも。身近なところから心がけていきたいです。

中学生の部
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    『道具を泣かせていませんか?』
    志鎌 蔵太(東京)
    板橋区立上板橋第一中学校1年

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