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その11 「百人番頭」

人によって、個性も適性も能力も、
みな異なるのは当たり前だ。
ところが現実にはそんな違いは見逃し勝ち。
ある程度、というと話はあいまいになるが、
一応、標準点をクリアしていることが
前提になっている。
実際は、標準点を最初からクリアしている人は
ほとんどいない。

江戸時代の教えは奥が深い。
近江出身で近江・盛岡商人三始祖のひとつ、
村井市左衛門家の文書、「村市文書」にこうある。
「主人たるもの、よくよく人を見、
その品々に使うべき事、第一なり。
まず、我が身持ちを嗜まざれば、
仕置きたつまじき候」

今風に読み下せば、
「上司たるもの、部下それぞれの能力に応じて使いこなせ。
その極意は
自分自身が日ごろの言動に留意して模範になることだ」

江戸時代初期、
店員の多くは近江や伊勢など主の出身地から
イメージ12,13歳で江戸に上った。
みな、「気付き」「気働き」ができる、ふれこみだった。
無論、実際にはそうはいかない。

それぞれの器量に応じて使いこなせる上司は
「百人番頭」と呼ばれた。
一人で百人も使いこなすという、勲章だった。
今の時代、出来のよい部下にめぐり合えることはまず難しい。
とすれば、、、、、、

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